東京高等裁判所 平成9年(う)671号 判決
被告人 佐藤勝浩 外一名
〔抄 録〕
第二控訴趣意第三の主張(事実誤認)について
論旨は、要するに、原判決は、被告人らが小島工務店所有の本件土地に廃棄物約八六〇六・六七七立方メートルを投棄して堆積させたことを不動産侵奪に当たるとして有罪の認定をしたが、本件土地は、以前小島工務店が倒産した際、いわゆる整理屋である長野物産が小島工務店の債権者であった株式会社東京経営サポート(以下、「東京経営」という。)と共に小島工務店からその占有を取得してこれを管理支配するようになり、その後被告人佐藤勝浩が、廃棄物集積場として利用するため、右事情を熟知していた長野物産からその占有を譲り受けた上、従業員であった被告人小林修らと共にそこに廃棄物を投棄したのであるから、被告人らは不法領得の意思をもって占有者の意思に反して本件土地の占有を奪ったのではなく、不動産侵奪には当たらない、そうすると原判決の右認定には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認がある、というのである。
《中略》
一 まず関係証拠によると、以下の各事実が認められる。
1 本件土地は、もと小島工務店(代表取締役小島厚)所有の東西約三四メートル、南北約四四メートルのほぼ矩形の土地で、平成八年二月当時、同社が、その北側部分に木造スレート葺平家建作業所・倉庫(床面積二三三・一〇平方メートル、以下、「本件建物」という。)を、また西側、南側、東側部分に未登記の休憩所、物置等の簡易建物四棟(床面積合計一七五・一八平方メートル)をそれぞれ所有して(したがって中央部分のみが更地になっていた)、作業所兼資材置場等として使用していた。なお、当時、本件土地・建物には極度額合計一億〇八〇〇万円の根抵当権四件が設定され、担保余力は乏しかったと推認される。
2 同工務店は、経営悪化のため高利の融資を受けるようになり、平成八年二月一四日、いわゆる町金融業者の一つである東京経営(経営者永井一行)から金一〇〇万円を借り受け、返済できないときは東京経営において小島工務店所有の不動産を管理するとの約定のもとに、本件土地・建物等の登記簿謄本、賃貸借契約書二通、根抵当権設定契約書二通、白紙委任状三通、小島工務店の代表者印の印鑑証明書三通等を渡したが、結局同社は同月二六日第一回日の不渡りを出した。これを知った永井は、同月二八日、長野物産の経営者長野正雄こと崔正雄を同道して、埼玉県東松山市所在の小島工務店事務所に押し掛け、小島に貸金の返還を要求し、返済能力がなかった同人に対して、不動産を管理させてもらうと申し入れ、承諾させた。その上で、永井は、崔に「小島工務店の不動産について根抵当権と賃借権設定の仮登記をするから買って貰いたい」と申し込み、長野物産はその場で一五〇万円を支払って本件土地・建物等について東京経営が持つ権利を譲り受けた。なお、小島は、債権者らの追及の激しさに耐えかねて、翌二九日、家族ともども親戚の元に身を隠していわゆる夜逃げをし、小島工務店はそのころ事実上廃業状態になった。
3 永井から本件土地・建物等についての権利を取得した長野物産は、従業員の森戸英男を同月二九日から小島工務店事務所に住み込ませ、さらに同年三月一日同人に本件土地西側出入口の鉄製門扉の鍵を取り替えさせ、門扉等に「警告書 当物件は長野物産(株)が占有管理しております」などと記載した書面を貼付させるなどしてその管理を開始する一方、浦和営業所長の川島晴衛などを通じて右権利の購入希望者を捜させた。なお、永井は、予め徴していた前記の書類等を使用して本件土地についての根抵当権設定契約書、本件建物についての賃貸借契約書等を作成し、これに基づいて同年二月二九日本件土地につき東京経営の従業員斉藤克己を権利者とする極度額五〇〇万円の根抵当権設定仮登記を、本件建物につき同西村靖征を権利者とする期間三年の賃借権設定仮登記をそれぞれ経由した上、同年三月七日ころ崔にその各登記済権利証等を引き渡した。
4 ところで、被告人佐藤は、平成七年八月ころから廃棄物処理業等を営んでいたが、平成八年二月、そのころ廃棄物を投棄していた埼玉県坂戸市内の土地から周辺へ廃棄物が溢れ出て埼玉県西入間警察署から早急にこれを搬出撤去するよう求められたため新たな廃棄物集積場を探していたところ、廃棄物処理業等を営む有限会社東拓建設興業の経営者山田公男から同年三月二日、三日の二回にわたって現地を案内され、本件土地・建物を紹介された。そこで、被告人佐藤は、同月四日これを購入することにし、翌五日、小島工務店事務所に、崔、山田、被告人佐藤、同小林らが集まり、長野物産から被告人佐藤が本件土地・建物についての権利を代金二五〇万円で買い受ける旨の契約が成立した。被告人佐藤は、その場で手付金一〇〇万円を支払い、長野物産から名刺の裏に「…東松山市石橋字城山宅地一四九六m2の資材置場の手附金として」と記載された仮領収証の交付を受けるとともに、本件土地の出入口鉄製門扉の鍵の引き渡しを受けた。残金一五〇万円は同月二一日に支払われ、その際交付された領収証には「…東松山市大字石橋字城山〇〇〇〇―〇宅地一四九六m2宅地兼作業所、倉庫の賃借権の代金全額金として」と記載されていた。
5 被告人佐藤は、本格的には同月五日前記契約締結後、被告人小林を現場責任者として廃棄物の投棄を開始した。そして、途中、付近住民からの苦情を受けた東松山市係官や埼玉県東松山警察署員等の指導にも従わず、前記小島工務店所有の未登記建物を損壊し、また同月一八日ころ現場作業員が過って本件建物の屋根を破損した後は同建物も損壊して、これらの上を含む本件土地全体に、同月三〇日ころまでの間に、廃棄物約八六〇六・六七七立方メートルを、高さ約一三・一二メートルになるまで投棄して積み上げた。なお、右廃棄物は安定型廃棄物と管理型廃棄物の混合物で、同年四月ころ民間業者三者にその量を六〇〇〇立方メートルと仮定して見積もらせたところ、その処理には金七〇〇〇万円ないし二億五〇〇〇万円の費用を要するとされた。
以上の事実が認められる。
二 右認定事実によると、被告人らが本件土地に関与しはじめた当時、本件土地・建物は、まず東京経営が小島工務店から全体としてその占有を取得し、それをさらに長野物産が譲り受けて管理支配していたということができる。しかし、東京経営は百数十万円の債権回収目的で本件土地・建物の占有を取得したもので、したがって同社がその従業員に経由させた登記の内容も本件土地についての根抵当権設定仮登記と本件建物についての賃借権(短期賃借権)設定仮登記であったから、同社は、本件土地・建物が競売に付され売却されるまでの間、一時的にその利用権を取得する趣旨でその占有を取得したものと理解される。また、これを譲り受けた長野物産も、いわゆる整理屋として、東京経営と小島工務店との契約の場に居合わせて右事情を知悉していた上、本件土地・建物の「賃借権」等を購入したにすぎないもので、その後門扉の鍵を取り替え、前記警告書を貼付するなどしたことはあるものの、本件土地・建物にそれ以上の改変は加えることはできず原状のまま管理していたもので、右段階における同社の占有もまた利用権に基づく占有の実質を失っていなかったとみられ、したがって、その時点においては、小島工務店も間接占有者としてその占有を保持していたと考えるべき状況にあった。なお、東京経営が取得したという権原がどのようなものであったかは、本件証拠上一義的に明確ではないが、本件の場合、本件土地及びその上にあった本件建物を含む建物等はいずれも小島工務店の所有で、これらが一体として作業所兼資材置場をなし、一括して賃貸借契約の対象とされていたものであるところ、このような場合、空地部分についての使用権原については、別に明確な合意がなされない限り、一般的にみてその契約の性質は建物賃貸借契約にとどまると解されること、そのため東京経営においても本件建物の賃貸借契約書を作成し、従業員名義でその旨の仮登記を経由しただけで、本件土地の賃貸借契約書は作成していないことなどの事情に照らすと、東京経営が取得し、長野物産へ譲渡された本件土地・建物の占有権原は、賃借権に基づく建物(付属建物を含む。)利用権及びこれに付随する敷地利用権を超えるものでなかったことは証拠上明らかである。
そして、被告人佐藤は、長野物産から右のような同社の権利を譲り受けたというのであるから、同被告人が取得したのも、右と同様の本件土地利用権以上のものではあり得ない。したがって、同被告人は、基本的には、原状のまま本件土地・建物を使用する権利を有していただけで、本件土地に恒久的な建物を建築したり、原状回復が著しく困難になるような利用状況の改変を行う権限まではなかったといわなければならない。それなのに、同被告人は、被告人小林を現場責任者として、同被告人とともに、市係官や警察等の指導にも従わず、その土地上にあった建物等を取り壊し、それまで作業所兼資材置場としての外観を維持していた本件土地全体にわたって、約八六〇六立方メートルもの大量の廃棄物を投棄し、これを約一三メートルもの高さにまで積み上げ、その利用及び原状回復を著しく困難にしたというのであるから、そのような行為は単なる賃貸借契約における用法違反にとどまらず、占有の態様・意味を質的に変化させるもので、所有者であり間接占有者であった小島工務店の本件土地に対する占有を排除し、その占有を継続的に奪う意思をもってこれを自己の占有に取り込んだものといわざるを得ない。これに対して、被告人両名は、捜査段階から一貫して、本件は土地の賃貸借契約であると思っていたと供述している。しかし、客観的にみてそのように考えられないことは前述のとおりである上、本件権利譲渡の対価は金二五〇万円にすぎず、その程度の対価で本件土地に原状回復に最低でも七〇〇〇万円もの費用を要するような改変を加える権利を入手できるはずがないことは誰の目にも明らかであると考えられること、被告人らはいずれも本件土地に前記のように廃棄物を山積みすることが所有者の意思に反することは認識していた旨供述していることなどの事情に照らすと、仮に本件契約の法律的性格についての被告人らの認識が右程度に漠然としたものであったとしても、被告人らは、いずれもその実質的内容が前記の範囲にとどまり、少なくとも本件土地を廃棄物集積場とするような利用形態が契約の趣旨をはるかに逸脱するものであること自体は十分認識していたと認められるから、右の事情は前記認定を左右するものではない。以上によれば、原判決が、被告人らの行為を小島工務店に関する関係で本件土地の侵奪に当たると認定したのは正当というべきである。
三 これに対して、所論は、小島工務店は当時既に本件土地の占有を喪失していた旨主張する。しかし、当時、小島工務店が間接占有者として本件土地の占有を保持していたと認められることは前述のとおりであるから、小島工務店に占有がなかったことを前提とするその余の所論は採用できない。
次に、所論は、長野物産や山田は被告人らが本件土地を廃棄物集積場として使用することを知悉しながらこれを許容していたから、被告人らの行為は不動産の侵奪に当たらない旨主張する。確かに、被告人らと山田らとの関係、前記認定の本件契約に至る経緯等の諸事情に照らすと、長野物産や山田らは、被告人らが本件土地を廃棄物集積場として利用する予定であることを知りながら、本件土地・建物の利用権を被告人佐藤に譲り渡し、あるいはその仲介をしたと認められる。しかし、本件は所有者であり間接占有者である小島工務店との関係での侵奪の有無が問題とされている事案であることを忘れてはならない。被告人らの本件土地利用権も同社との関係で考察すべきものであるところ、被告人らは、同社との関係で本件土地を廃棄物集積場として利用する権利を有してはおらず、主観的にもそのことを十分認識していたと認められることは前述のとおりであるから、仮に長野物産や山田が本件土地を廃棄物集積場として利用することを黙認し、さらには許容する態度であったとしても、そのことは前記認定に影響を及ぼすものではない。その点に関する所論は採用できない。なお、所論は、控訴趣意第五において、原判決は長野物産が被告人らの廃棄物集積行為に対して抗議をしたか否か、あるいは山田が被告人らに対してそのような行為を許容する発言をしたか否かなどの事実を確定せず、また、森戸の手帳に本件土地・建物が廃棄物集積場として譲渡されたことを推認させる「廃棄物処理」との記載があることや前記仮領収証の記載のような重要な証拠を十分検討することなく、漫然被告人らの行為を長野物産の意思に反するものと認定したのは不当であり、原判決にはこれらの点において理由不備ないし審理不尽の違法がある旨主張する。しかし、この点は前述した認定を覆すに足りず、実質的にみて判決に影響を及ぼすものとはいえないから、所論は理由がない。
さらに、所論は、被告人らは本件土地を賃貸借期間中廃棄物の集積場として利用する意図であったにすぎないから、不法領得の意思があったとはいえないとも主張する。しかし、不動産侵奪における不法領得の意思は、正当な権限なしに権利者を排除して不動産の占有を奪い、これを利用する意思をいうと解するのが相当であるところ、被告人らは、それが所有者の意思に反することを知りながら、本件土地上に、原状回復が著しく困難な状態にまで廃棄物を投棄しているのであるから、右のような意味での不法領得の意思を有していたことは明らかである。したがって、この点に関する所論も採用できない。
その他、所論にかんがみ記録を精査検討しても、被告人らの行為を不動産侵奪に当たるとした原判決の認定に所論指摘のような誤りがあるとは認められず、論旨は理由がない。
第三控訴趣意第一の主張(法令適用の誤り)について
論旨は、原判決は、被告人らの本件土地に対する廃棄物の投棄・堆積を小島工務店との関係で不動産侵奪に該当するとしたが、不動産侵奪罪の保護法益は不動産に対する事実上の支配であるから、侵奪の対象となる占有は直接占有に限られ、間接占有はこれに含まれないと解するのが相当である、そして本件当時、小島工務店は、本件土地につきせいぜい間接占有を有していたにすぎず、これを現実に管理支配していたのは長野物産である、そして、被告人らは、その長野物産の同意のもとに本件行為を行ったのであるから、右行為は不動産侵奪には当たらず、同罪については無罪であるから、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りがある、というのである。
そこで、検討するのに、不動産侵奪罪の保護法益が不動産に対する事実上の支配と解されることについては所論指摘のとおりと考えられる。しかし、そのことから直ちに、不動産侵奪の対象となるのは直接占有に限られ、間接占有はこれに含まれないとするのは論理の飛躍である。すなわち、不動産に対する事実上の支配が保護法益であるという趣旨は、不動産に対する占有は、それが法律上正当な権限に基づくものであるか否かにかかわらず、それ自体、独立して保護されるべきだという趣旨であって、そのため例えば、登記名義があるだけで支配管理の実質をともなわないいわゆる法律上の占有はここでいう事実上の支配には含まれないことになるが、逆にいわゆる間接占有は、多少観念的色彩を有する点がないではないにしても、直接占有者を介して当該不動産を現実に支配管理するものであって、なお現実の占有としての実質を失わないものである限り、ここでいう事実上の支配に含まれると解するのが相当だからである。したがって、間接占有もまた不動産侵奪の対象となり得るというべきであり、被告人らが間接占有者である小島工務店の意思に反して本件土地に廃棄物を投棄集積した行為を不動産侵奪に該当するとした原判決の判断は正当であって、論旨は理由がない。
(秋山規雄 下山保男 福崎伸一郎)